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■マーケティングを考える

                                                                         2001.0604


■マーケティングを考える

 私がマーケティングと本格的に向き合ったのは案外遅くて1993年の年の瀬。年齢でいうと、もうすぐ40歳になろうという頃だった。

 そのきっかけは、青森でMGがあるので手伝ってほしいと西先生に頼まれて村上MG終了後青森行きの特急列車に同乗した時だった。西先生が何やらテキストと予定表を出しているので、うかがうと夜学に通っているとのこと。

 「清水さんも、この基礎コースは役立ちますかよ」と見せていただいたコースは、昼から3時間のコースで新潟からであれば週末をつぶせば何とか参加できそうだった。すぐに申込書を頂き、東京の某MBAコースに申し込むことにした。

 しばらくするとやたら重い封筒が届き、テキストや資料がわんさか入っている。

 その量の多さにも驚いたが、注意書きには「とにかく予習をしてこい、予習をしてこないとダメ、授業中は質問しないとダメ、積極的でないのは落第させる」と書いてある。これがアメリカ式授業なのかと思ったが、とにかく年末をすべて勉強にあて年明けの最初の授業を受けるために東京へと向かった。

 最初の授業を受けてたしかに刺激にもなったが、結論からいうとこういった場所にきているのは「いずれも高学歴、勉強好き、理論好きの弁舌派」が多いことだった。

 しかし実力派というのはあまり見あたらない。著名な講師に専門用語を使って質問することで満足している者も多い。

 だから最初の授業ではビックリして「とんでもない所に来たもんだ」と思ったが、二回目くらいになるとそう大した人間がいないこともわかった。

 100人くらい人間がいると恐いのは、そのうちの一人で、そういうのはあまりはしゃがないし知識もひけらかさない、でも話してみると、鋭い。一方、うるさくて、頭の悪いのは99人はいる。

 こうして、「ははん、、マーケティングは実際なんだな」ということが分かった。

■売れる仕組み

 20代の頃に、マーケティングを勉強しようと思って本を読んだことがある。

 そこに書いてあるのは、マーケティングとは「市場調査」だと書いてあって、グラフや表がやたらとある難解なものだという印象しかもたなかった。経理の本もそうだが、専門家が書くものは意図的に素人に分からないように書くのではないかと思われるほど説明下手な解説書が多すぎる。

 ところが、私が東京で勉強したら、マーケティングとは「売れる仕組み」をつくることだという。これなら私にもわかる。わかるだけでなく、それなら私はやってきた。実績もある。「なんだ、そんなことか!」という感じで授業を受けたから、飲み込みも早かったのだろう。

 実務をキチンとやってきた人なら、売れる仕組みとか、うまく作る仕組みを経験してきた人は多いのではないだろうか。だからそれを全社的に、しかも効率よくやろうじゃないかというのがマーケティングだと思えば話は早い。

 これまでは、ただ作る側の論理だけで売れていかないから、お客さんの要望を聞いたり、材料も吟味しなければならないので仕入先とも話をして問題解決をしたり、宅急便の会社もどこにするか等々、いろんなところを考えていかないと、そうそううまくは売れていかないということも、実務経験者ならよく理解できるところだろう。

 だから、私はマーケティングという理論も、最初は、うまく売れていた会社があって、そこをよく分析してみたら、こうなっていましたよ。というように事実が最初にあったんじゃないかと思う。

 それが本になり、伝えようとまとめていくと、書店に並んでいるように難解な理論になるのはおかしいのではないか、、そんなことを思うようになった。

 とにかく、これからは経験者が、マーケティングでも、経理でもなんでもいいが、そういったものを表面づらに惑わされずに、どんどん活用していく時代がきてると思う。

 実践と理論、行動と科学性のように、これまでは隣りに置くとちょっと、、というようなものが一緒になって活かされる時代は近いと思う。

■私のマーケティング講義

 MBAのコースが終わってから、「これは役立つし勉強にもなるので是非ほかの人にも紹介しよう」といろいろと話をしたが、新潟からは結局一人も東京に行くことはなかった。

 そこで誰も行かないのであれば私が教えようと、無謀にも私がマーケティングの講義をやることにした。これが結局は効を奏したわけであるが。

 最初の生徒は、知り合いの内装関連会社の社員だった。

 そこの社長に頼まれて、「なんとか社員に会社、お客様、世の中を理解してもらいたい」というので、「それならマーケティングで。ついでに儲かる仕組みも社員に考えてもらいましょう」と提案した。すると「それは有難い」ということになり、毎月一回夜の7時から9時まで勉強会をすることになった。

 こうして社員全員が一日の仕事を終えてから公民館に集まり、畳の上にテーブルを並べてのまるで「寺子屋式」のような勉強会が始まった。

 腹も減っているので握り飯をほうばりながら、お茶を飲みながらマーケティングを学ぶ彼らはピアスをして茶髪。最初はどうなることかと思ったが、事例を交えて質問をしていくと案外真剣に話しを聞いてくれるのがわかった。

 彼らは勉強そのものが嫌いなのではなくて、自分の肌で感じられるようなものだと真剣になる。マーケティングの話でも、「お客様は、どこで判断してるかというと、頭の中だよね。だから現場でも応対が悪いと次から注文が来なくなるのは、頭の中で優先順位が下の方にいくからです」と言うとわかってくれる。

 これが、スキミングプライスだ、ライフサイクルだ・・と専門用語をまき散らすと彼らは逃げていく。逃げていったら最後、二度と近寄ってはこない。

 ダメなインスト、多少の知識をもった者は、専門用語を多発することで自滅していることをなかなか理解しようとはしない。ようは最終目的は、この目の前の茶髪をバリバリの人間に仕上げることで、自らの知識の披露宴をやることではない。

 さて、この茶髪軍団6ヶ月後の発表会ではどうなったのか。

 彼らは全員がA4のレポート用紙3枚くらいを出してきた。そこには、どうしたらお客様が喜んで注文を出してくれるのか、そして自分は何をするのかが克明に書いてあった。その発表会を6回目にやった。

 私が印象に残ったのは、19歳の現場作業員の発表で、彼は「僕が内装で、いい仕事をしたら、7年後にお客様は、またうちに仕事を出してくれると思います。でも、いい加減に仕事をしたら別の会社に仕事を出すと思います。みんなは新しいお客様を開拓しようと言ってましたが、僕は、こういった繰り返しのお客様も大事にするために、明日もキチンと良い仕事をします」という発表だった。

 この子は、よく分かっている。マーケティングのなんたるかを、自分の頭で考えて、自分の口で語り、明日からの行動も見えている。

 じつに、こういうことが、「マーケティングが理解できた」ということなのである。

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