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■スポーツにみる経営学

                                                                        2000.1122


■スポーツにみる経営学

 先日、スポーツジャーナリストの二宮清純氏の講演会に行く機会があり、
行ってきたところずいぶん参考になる話があった。そこで二宮氏のスポーツに
関する話と、私の経営に置き換えた話を、ご紹介したいと思う。

■間違いだらけの教育構造。

 日本のサッカーも近年は強くなったが、それまでは実に弱かった。その理由
は、ワールドカップに参加するために選手の強化策だけに力を注いだからだと
いう。つまりピラミッド型の先端ばかりに力を注いでいたからダメだった。

 Jリーグになって川淵チェアマンが、強化、育成、普及とピラミッド型の底
辺を広げる活動をしたから、つい最近のようにアジアで優勝できるようになっ
たと言っていた。選手層も厚くなって、スター選手がキラ星のごとくでてきて
今では誰がフィールドに出てもおかしくない。

 こうして日本のサッカーは強くなったのだが、これは経営にもいえると思う。
 全員参加型経営は、一部の社員の強化だけでなく広く、次の有能な社員が出
てこれる素地・環境をいかに創るかにかかっている。

■昔の教育ではダメ。

 私たちが学生の頃。スポーツをする時に水を飲んではいけないと言われた。
 いまはそんな指導はしない。脱水症状で死んでしまうこともある。ウサギ跳
びも盛んにやったものだ。あれは膝を痛めるだけで、何の効果もない。

 こうして精神論だけ、愛校心だけでスポーツは楽しいものというよりも苦痛
のものでしかなかった。今は水も飲むのが正しいスポーツ理論だ。
 
 ついでだが、なぜ水を飲んではいけないかという話が面白かったので書いて
みたい。それは戦時中に南方戦線のときには水を飲むとマラリアにかかるから
水を飲んではいけない、数日間の行進でも水無しで歩けというのが、スポーツ
にまできたのだそうだ。

 もちろん、今のスポーツ理論でさえも、10年も経てば「あの頃は、こんな
に馬鹿らしい練習をしていた」となるかもしれない。時代の進歩というのは、
いつでも過去の間違いを否定するところからはじまる。

 では、これは経営ではどういうことになるだろうか?
 一時代も二時代も前の経営観、成功体験を後生大事に抱え込んで、それだけ
が正しいと社員を鍛えることは、全くよく似てないだろうか? もう時代は変
わってしまっているのに、相変わらず精神論だけで、非科学的経営、非効率の
社員が眉間に皺を寄せながら泣いている経営は、まだ多いかもしれない。
 その意味では、戦争はまだ終わってないのかもしれない。

■終わった時が本当のはじまり。

 2002年にはワールドカップが日本で開催される。いまは全国各地でワー
ルドカップに期待する声が高い。どこでも開催を大成功させようと多くの方々
が動いている。これはこれで結構なのだが、問題は終わった後のことだ。

 つまり、2003年から日本のスポーツ振興はどうなるのかがもっと大事な
問題なのに、2002年までのプログラムはあっても、2003年からのプロ
グラムは皆無に等しい。

 もっと長期視点で日本のスポーツ振興、青少年育成を考えるべきではないの
か。単なるお祭りでは困る。

 二宮氏のこの意見は卓見である。経営でも理念ばやり、戦略と命名するもの
をいくつも作っている会社があるが、もしそれを達成したらどうなるのか?
という山の頂上に登ったらどうするのかを考えている企業は少ない。

 だから、頂上に立った途端に帰り道は、坂を転げ落ちるように業績が悪化す
ることになる。目標は単なる通過点にしかすぎない事はよく忘れ去られている。

 マネジメントゲームでも、100期(20回参加)するのが大事というと、
100期の数字だけに目がいって、100期過ぎたら途端に参加しなくなる人
がいるが、これなども人間は成長、向上であるということを知らなかった例だ。

 100期だろうが、200期だろうが経営について真摯に学び、企業内外に
活かしていく人の経営は強い。不況だからといって不平不満をいわずに、着実
に利益を出して、社員の顔もニコニコして気持ちがいい。

 目標を達成することは大事だが、その先まで計画を練って備えておく。これ
が戦略的な、長期的視点をもった経営者の姿だと思うがいかがでしょう。

■日本型経営のウソ

 よく日本型経営の特徴は、と聞かれるとそれは「終身雇用と改善です」と答
える人がいるが、これは特別日本だけのことではなくて、戦前のGEもIBM
も好調な時には終身雇用制だった。改善に至っては、有名なウィンスロー・テ
イラーが作業研究でおこなったことが発端だった。仕事に知識を活かすことは
海外でも盛んに行われていた。

 ところが、いつの頃からか日本の急激な成長を見た海外の経営学者が日本の
経営を分析してそのように述べたあたりから日本は有頂天になってしまった。

 実際には世界中どこでも、好況時には終身雇用制をとっているが、不況にな
ると首切りをしているというのが実状だ。

 さて、話を戻すと、その神話は必要ないどころか、むしろ昔話でくつろぐだ
けの効果しかない。ようは「実際」だ。実際に何をやっているのかのほうが大
事で、あなたの会社は利益が出てますか? 社員はニコニコしてますか?とい
うことに手をくだしていかなければならない。

 サッカーに話を戻すと、日本が弱かったときに、海外の一流チームは、選手
の間でしのぎを削っていた。彼らは個人の技術力も上げ、組織プレーにも力を
注いでいた。個と集団の力をつけていた。一方、日本はどうかというと、みん
な一生懸命やったんだから良いではないか、くらいにしか思っていなかった。

 これでは世界に通用しない。二流どころか三流でしかない。
 それが近年のように、お互いに切磋琢磨し、磨き会って真剣にやると、Jリ
ーグも俄然面白くなる。応援するほうにも熱がはいって、野球を抜くくらい地
域の応援団も元気になった。愛着も沸いてくる。こういう違いがある。

 企業でも、全員が「まぁ、ほどほどで・・、競争なんてやらないで」などと
いってるところは、すでに敗者宣言をしたようなものでしかない。本当の勇者
は、勝負をやらせたら絶対に勝つくらいの力はもっていて人間的には優しい。
 それが本当の勇者だ。勝負は弱くて、ガタガタなのに、口だけ優しいという
のは真の勇者ではない。

 いまの日本的経営の中には、そういった温情だけ、精神論だけで衰退してい
るのに、まだ気づかない経営者がなんと多いことだろうかと思う。そういう経
営者は、まず少なくともMGを40期やって経営、財務、戦略を理解してもら
い、目の鱗をとってもらう必要があると思うのだが。

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