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■短編小説 「K氏のMG初参加」

■某月某日

上司の財務担当部長からの電話で、「K君、実は折り入って相談があるんだが、明日の午前中時間は空いてるかい」と聞かれた。もちろん断るわけにはいかないからふたつ返事で「はい。空いてます。」と緊張ぎみに答えた。

「いったい、どんな用件だろう?」。心配症のK氏だった。
その夜は、翌日の話が気になって寝るどころではなかった。もしかして自分がリストラ対象になったのではないかと思い、夕食も喉を通らない始末だった。
翌日、K氏は出社するやいなや頭の重いまま部長室へ向かった。
「コンコン」。部長室のドアをノックして入ると、思いがけず部長の顔はにこやかだ。

「K君、じつは、MGという研修があるんだが、君に先発隊として参加してきてもらいたいんだ」と、セミナーの案内を渡すではないか。
しかもカラー印刷ならまだしも、明らかにワープロで作ったと思われる色気のない案内だ。

「絵や写真の一つも入っていればいいのに・・。ん? ネクタイ不要?、鉛筆だぁ?。ポケコン??」。「なんだ、こりゃ??。きっと怪しげなセミナーに違いない。ここで部長は私を洗脳して退職させる気だろう」。そう思わずにはいられないK氏であった。
しかし、上司の命令を断ったら首が飛ぶ日が近くなるだけだと覚悟したK氏は、笑顔ともひきつった顔ともいえない変な顔で、「部長、喜んで参加させていただきます」と言ってしまった。悲しい宮使いの性だ。

席に戻って、変な案内をよく見ると今週末の土日ではないか。久方ぶりに家族サービスをしようと思っていたのがおじゃんになってしまった。奥さんにはどう言い訳をしようかと悩んでいるうちにK氏の想いとは無関係に日は暮れていく。

重い心を引きずってグッタリと家に帰って素直に奥さんに話すと、「あなた、部長直々にお声がかかったんでしょ。きっと昇進の前ぶれだわ!。あなた、行ってらっしゃい!こういう時に進んで行かなくて何が男よ!」とはっぱをかけられた。女房はどうしてこうも前向き、陽転思考、上昇志向なのか?。だいたい参加するのは俺なんだぞ。と、心の中で言う。
こうして、回りが陽気になればなるほど意気消沈するK氏だった。
仕方がないので、熱帯魚に餌をやって今日は寝ることにした。


■MG研修初日の朝
その会場は山手線の大崎だというので、松戸のさらに奥に住んでいるK氏は集合時間の10時に間に合うよう家を出た。自宅前のバス停から北小金の駅に行き、各駅停車で松戸まで行く。そこから各駅でもいいのだが、いつもの習慣で急行に乗ってしまう。

「習慣とは怖いもんだ」と笑おうとするが、今日のセミナーも重なって窓ガラスに写る顔はニヒルになっていた。

上野で山手線に乗り換えて大崎に着いたが、まだ10時まではタップリと時間がある。改札を出て左手に向かう。地図のとおりに行くと、建物の中に喫茶店があるではないか。「よし、ここで少し時間を潰してやれ」とK氏は木の古めかしい扉をギイと開いた。

「コーヒー、、、いや、モーニングセットにしようかな?」。どちらでもいいのだが、これからのセミナーの内容を考えると、腹に何か入れておいたほうがいいように思えた。タバコを取り出して吸おうとしたら、女主人が、「あ! お客さん、タバコを吸うなら、そちらの席に移って。」と明らかにイヤそうな顔をして言う。しかも、移った席には、「あまりタバコは吸わないでください」と書いてある。

「イヤな店に入っちまったもんだ。今日は仏滅なんだろうか?。それにしても、このコーヒーも濃すぎて、煮詰まってるじゃないか・・」。全てが自分に悪い方向になっているK氏であった。


■研修会場到着

その会場は地下一階だった。「やはり怪しいセミナーに違いない。地下一階だから、ブ厚いカーテンで光が入らない暗室のようなところで洗脳をする気だな。俺だって、その手の暴露本は立ち読みしたことがあるから、そうそうはひっかからないぞ!」。様子をうかがいながら、地下一階への階段を注意深く降りていく。

「あ、こんにちは~!」。 紺色のブレザーを着た若い女性が、いやに明るい声で近づいてきた。「これが敵の常套手段だ。安易にこれに乗ってはいけない」。K氏は、いかにもこの手のセミナーに参加慣れしている風情で、「○○商事のKと申します。今回初参加ですので、どうぞよろしくお願いします」と挨拶をした。

その女性は、変な名簿を片手に、変なボールペンを持って「あ、○○商事さんですねー。お待ちしてました。初めての参加でも大丈夫、楽しいですから」と相変わらず笑顔で、「席は自由ですよ。で。タバコは外でお願いします」。

「ああ、やはりここでも禁煙か~。仕方ない、一服してこよう」。K氏は外に出てつかの間の休息をとることにした。

しばらくすると、海外旅行でよく使う車輪のついた鞄をひきずってくる中年の男がきた。「やあ、こんにちは!」と、目をギョロッとさせながら男は挨拶をした。
変な男だいるもんだとK氏は思ったが、思わず「こんにちは」と返事をしてしまった。後ろ姿を見ながら、「俺の弱さは、こういうところかもしれない」とつぶやく。


■そして、MG開始。

やけに明るい男女が30名もいて、会場は賑やかだし熱気もあった。
「そうそう、この手のセミナーは参加者同士の連帯感っていうヤツがあるからなぁ~。その手に乗るもんか」。K氏は、ますます注意深く、冷静に眺めることにした。

やがて開始時間になって、挨拶があった。最初は例の美人講師が二日間のルールや時間割を説明した。よく見ると、その隣りで何やらパソコンを叩いてる見覚えのある男がいる。「あれ、さっき玄関であったヤツじゃないか。はは~ん、助手だな?」。そう思ったK氏が驚いたのは、その女性講師が、「では、MG開発者の○先生を紹介します」と言ったときだった。

助手だと思った男が立ち上がり、「や~!、○です。二日間楽しくやりましょう。では、では・・」。

「なに?、開発者?、講師だぁ??」。K氏はビックリしてしまった。 これまでセミナーといえば、アルマーニの背広、髪はポマードでベタベタ、胸にはハンカチと決まっていたのが、目の前にいるのは、サファリルックにまたまた変なボールペンを腰に刺している・・・・。
目が点になった。

「もう、この二日間は仕方ない。部長の気まぐれにつきあった俺が馬鹿だった」 落胆したK氏であった。 それにしても、目の前にあるカラフルなルーレット盤は気になる。


■第1期

「まず、第1期はみんなで同じことをやりましょう」。ということで、MGが始まった。

まず第1表を持ってこい、とインストラクターが言った。「なんで、自分で取ってこなきゃいけないんだ。金払ったのは俺だぞ!。いや会社か?」と思ったが、ここでゴネても仕方がない。言われるがままに紙をもってきた。

会社盤とかいう板をとって、インストラクターが「はい! 300円とって~」と言う声が優しい。「でも、この優しさは表面上だけかもしれない」と、いつにも増して疑り深いK氏であったが、講師の笑顔に負けて、ついオモチャの紙幣を手にした。

「300円?。よし、ここは、100円と50円と・・・後のことを考えて1円札も用意しておこう。俺もなかなか戦略家だなぁ」と回りをみると、案に計らい、回りの若者は100円札を3枚しかとっていない。 「後で困るのに・・・こういうのもビジネスでの経験がものをいうんだ」
と、ほくそえむK氏である。

300円を取ると、資金繰り表とかいうのに記入していった。まず、これが資本金だという。「なるほど、元手か」。そして、機械を買って、人を採用して、材料を買ってと手を動かしながら、子供銀行券をやりとりし、資金繰り表に記入していく。

単純な足し算、引き算なのだが、慣れていないせいか、K氏は電卓で何度か間違ってしまった。ふと見ると隣りの若い女性は、汗ひとつかかずにスラスラと計算をやっている。「あれはきっと、経理担当者なんだろう」。

ほんの数行のやりとりをして5個ほど売ったら、インストラクターが、「はい、これで1期は終わりです。MGはこんな感じです」と言うではないか。やっと気合いがのってきたのに、これで一年が終わり? もうちょっとやらせてくれてもいいじゃないかと不満に思ったが、「いけない、いけない、これが敵のヤリ方だった。ここで俺がノッてしまってどうする。しっかりせい」。

しかし、第1表を書いたから終わりではないらしい。次に給料を払わないといけないそうだ。セールスの給料が20円。「ははは、20円か。漫画チックだなぁ~。そういえば、20円なんていう給料は昭和何年頃だったろう?」と考えているうちに回りの人間はズッと先の計算をしていた。

「ヤバイ! 遅れてしまった。こりゃあ、分からないぞ!」。あせったK氏は隣りをのぞき込んだ。こんなことをするのは中学以来の経験だった。K氏が、アチコチ眺めているのを見つけたインストラクターが、「Kさん、大丈夫? 遅れてない?」と声をかけてくれた。これぞ天の助けと思ったが、「分からない」というのも恥ずかしい。俺だって天下の○○大学を、そりゃあ首席じゃないけど一応は出たんだというプライドがある。

「まぁ~、だいたい分かるんですけど、ちょっと・・・」でごまかした。

すかさず、インストラクターが脇に来た。「ほ!、助かった。(冷汗)」。
それから、インストラクターはK氏のずっと隣りにいて教えてくれることになった。 「やはり、金を払っただけの事はある。こういうのが顧客満足だ」と思って、言われるがままに手を動かしていたら怒られた。「Kさん、自分で考えてやってね」。

たしかに俺は言われるがままに手を動かしていたのだが、「そこまで言わなくてもいいじゃないか」と少しムッとしたK氏であった。でも逃げ出すわけにもいかない。ここは何とか、部長や家族のためにも、こらえどころなのだ。


■決算

第1表がなんとか完成して、ほっとした。「さて、タバコでも吸ってくるか」と思ったら、「はい、次は決算をやります」と言うではないか。この研修には休みというものがないのか?、人情はどこにいったんだ。俺のタバコ休憩が消える・・。

追い打ちをかけるように、第2、3表を持ってこいという。「はいはい、持ってきますよ」と半ばあきらめ顔のK氏。回りはというと、ニコニコしながら紙を持ってきている。「何が楽しいんだろ?」。

第2,3表の決算は案外面白かった。「そうそう、これなら俺も見たことがある。たしか損益なんとかとか、貸し借りなんとかとかいうだ。経営会議でチラッと見たことがあるな。このセミナーも、こういう資料を使うのか。あ! そういえばマネジメントなんとかというセミナーだったもんな」と変なところで感心するK氏であった。

早速、記入していく。まずは今日の年月日と会社名、名前を書く。
 それから、会社盤をみて在庫を転記した。あとは「転がし計算」とかいうので、クルクルと右上に向かって計算をしていくと自動的に利益が出て、決算書ができてしまう。

この第1期は、赤字の17円だった。「ほう~、これくらい売って赤字なのか?」と訳も分からず感心したK氏。では、どのくらい売ったらいいのかは、まだ分からない。

とにかく、言われたとおりやっていったら、なぜか決算書までできてしまった。提出せよというので、出したら「ダメ!」と言われた。合計のところが空白になっているらしい。

「ああ、たしかにそれは俺のミスだ!」と直して再提出したらOKがもらえた。なんだか嬉しい気分になった。ダメを言われたときには、何!とおもったが、まずは完成して良かったとホッとした気分になった。ついでに11分休憩だとか。

これでやっと解放される。外に行って思い切りタバコを吸おう。


■昼食

時計を見ると12時を少し過ぎたところだ。インストラクターが「お昼にします」と言う。そういえば朝食べたモーニングセットも少し足らなかったな、ずいぶん腹が減っていた。「これなら、駅で天ぷら蕎麦でも食ってくるんだった」。

昼の弁当も自分でとりにいった。さて、どこで食べようか。テーブルの上は資料や道具でいっぱいだし・・・「え!、ここで食うの?うそ?」いや、本当だった。少し片づけてここで食べるらしい。

「どうぞ、待たずに召し上がってください」と言われて嬉しかった。
蓋を開けると、旨そうな匂いがして、ご飯を口に放り込むと、なんだかホッとした気分になった。回りの人達の顔も、なごんで、「どちらからおいでですか?」などと会話をする余裕もちょっとだけ出てきた。

5分もすると、先のサファリルックの講師が黒板に何やら書いているようだ。きっと午後の連絡事項だろう。
書き終えると、マイクのスイッチを入れて、「え~、名簿はありますね。名簿。では、A卓からいきます。どこの誰、何故きたか?」。

「え~、冗談ではないか。この貴重な昼休みに自己紹介をするだって?。しかもどこの誰は分かる。何故来たか?。そりゃあ会社に言われたからだろう。え!会社の命令は言っちゃいけない?。上司の命令もダメ?。俺は、その二つの理由で来たんだよ。」

K氏が思ってる間にも、ドンドンと自己紹介は進んでいる。みんな楽しそうに自己紹介をしている。ときどき自分と同じように初参加で業務命令とはいえない人がいて話に苦労しているようだ。

やがてF卓の近くにマイクが回ってきて、ついに、K氏の自己紹介の番になった。

「みなさん、はじめまして。名簿番号○番の○○商事から来た、Kです。ここに来た理由は、経営の勉強をしたかったからです。よろしくお願いします」と、つい思ってもいなかった事が口をついて出てしまった。

イスに座って、ホッとしたが、よくよく考えてみると、俺は何をしに来たんだろうか?、そういえば部長に言われて会社の先発隊として参加したんだっけ?、なら間違った答えではなかったんだなと思った。


■ルール説明

午後から、ルール説明があるという。なんだかよく分からないが、この目の前のルーレット盤やミニチュアを使わせてくれて、好きなように経営をやるらしい。好きなようにというところがいい。以前、会社でやったことがあるセミナーでは、厳しいインストが、「あれもダメ、これもダメ」と、ダメづくしで、つまらなかったもんな。

ルール表をもってくると、何やらビッシリと書いてある。Aルール?、Bルールだぁ?。とにかく説明をしっかり聞いておこう。

インストラクターがルールを詳しく説明した。30分聞いた後、K氏は「これは俺には全く分からん。ついていけるんだろうか?」と不安になった。その時、例の講師が、「どうせ一回聞いただけでは分からんのですよ。やってみないとねー」と言うではないか。

「そうそう、全くだ。やってみないと、こんなもの分かる道理がない。あの講師もいい事いうなー」と、ホッとした。
 

■第二期ゲーム開始。

第二期は前半、後半、間に5分休憩があるそうだ。インストラクターが、「初心者がいるので、とにかくゆっくりやること」と言った。これは有り難い、とにかく俺は初めてなのだから経験者も少し手加減してくれないと困る。

まず、ジャンケンをしろというので、若い子は「最初はグー」なんて言ってる。子供に戻った気分で、恥ずかしかったが、対面の娘が可愛いらしいのでつきあうことにしよう。そしたらジャンケンに勝ってしまった。回りがうらやましがるので、このジャンケンに勝つというの
はいいことらしい。

インストラクターが「はい!、はじめ」と声をかけた。ぼんやりしていたら対面の可愛い娘が、「はい!トランプを引いて」と先ほどとはうってかわってキツイ口調でいうじゃないか。仕方ないからトランプを引いたら、何やら書いてある。意思決定??

分からずにいたら、Aルールの一つをやれと、隣りの若造が言う。何をやったらいいのか分からないでいたら、「材料を買うのがいいのでは?」と左隣りの同い歳くらいの男が言った。

俺もそう思っていたんだとばかりに、手を伸ばすと、そこは海外市場で、最初からそんな馬鹿高いところに手を伸ばさなくていいと言われた。隣りの若い男が「ここから買うと安いですよ」と教えてくれたので、そのまま従うことにした。その若い男は、来年ジャカルタに単身赴任するらしい。関西なまりのある好男子だった。

もしかすると、この二日間で俺を助けてくれるのは、この男かもしれないとK氏は思った。決して左隣りの中堅社員ではないだろうと。なんだか左隣りの男は、やけに明るすぎる。Tシャツをみると、「明元素」と書いてあるのも怪しい。「めいげんもと?」、どこかの健康食品の会社の男らしい。口ヒゲも素人っぽくない。

訳のわからないうちに前半戦が終了した。それでも何とか25円で2個も売ることができた。我ながらよくやったと思う。

隣の怪しげな男は、なんと32円という最高値で、もう6個も売ってるではないか。となりの好男子も28円で4個も売っている。向かいの若い娘も5個・・・・なんだ、俺が一番売ってないのか・・・。

でも、いつ売ったんだろう?。あれはきっとインチキをやったに違いない。後半はキッチリと監視していよう。K氏は、手元しか見ていなかったことを悔やんだ。

後半戦が始まると、K氏は自分の会社盤、資金繰表だけでなく、まやかしの手口を押さえようと、回りを監視することにした。しかしいっこうにインチキをしているようには見えない。
それどころか、トランプをひくごとに相手の会社盤は様々なチップでカラフルになるのに対して、K氏の会社盤は材料もちょっと、製品はない、チップ類もなくて、まるで冬景色を見るような想いがした。

「いったい、この連中を俺の違いは何だろう?。あいつらは別に俺よりトランプを多く引いてるわけでもない。記帳だっていい加減にやってるわけでもない・・・・なのに、この差は??」。 ますます混乱するK氏であった。


■第2期決算

やっとのことで決算を終えることができた。となりの口ヒゲの男は、K氏が資金繰表の縦合計を出し終えた時に、「はい!、できましたー」と決算書を提出していた。「あれは、化け物だろうか」。

ホッとしていると、隣りの卓で、下ネタばかり話している三人組がいる。一人は関西の「三角」とかいうチェーン店の社長で、もう一人は日光の漬物屋の専務、佐世保から来たというコンサルタントだとか。こういうセミナーで下ネタばかり話していて、あの講師は怒らないのだろうか。きっとパトロンなんだな、とK氏は思った。

もっと驚いたのは神奈川でK氏の取引先だという印刷会社の社長がいたことだ。この印刷会社は古くからの由緒ある印刷会社だったが、そこの社長も参加していたのだ。

恐る恐る名刺を出して、「○○商事のKですが・・」というと、A社長は、「MG楽しんでる!」としか言わない。こんなに軽い人だったとは思わなかった。その、A社長と、くだんの三人組が談笑しているのを見て、不思議な想いがした。


■夜の部

第三期目になると、少しはMGのゲームに慣れてきた。ようは売ればいいのかくらいは分かってきた。それにしても疲れた一日だった。三期目が終わると、夕食だ。食事の時間がこんなに待ち遠しいのは学生以来かもしれない。

夕食でも話をせよという。もう反論する力も萎えてきたので、ここは終了時間まで従うことにしよう。テーマは「今日は一日・・・」。

夕食後に、明日のために「経営計画」を作るという。あともう少しで一日が終わるのかと思うとホッとするような気がした。俺もよく頑張ったものだと自分を褒めてあげたい。

経営計画の時間になった。第3期の実績を記入して講義時間になった。戦略MQ会計の説明をするそうだ。

なになに、Pだ? Q? また分からんことを言い出した。
缶コーヒーで説明するだと? それなら分かりやすい。俺もUCCの缶コーヒーが好きだし、ミュージシャンと結婚した女優も宣伝に出てたし。それにしても、あの結婚はもったいかなったな。いい女はすぐ結婚してしまう。吉永小百合もそうだったし・・・。
 
おっと! また聞いてないと変な質問をされてしまうところだった。

なになに、売上PQが一割下がると、利益Gはどうなる?
そりゃあ、下がるに決まってるだろ。いつも部長に「売上を下げるな!」と、口を酸っぱく言われてるから、利益が下がるに決まっとる。

いくら下がるか? そんなのは経理が知ってるだろ。俺は営業だから詳しくは知らないけど・・。一割下がったら、利益も一割下がるんじゃないの?。あ、質問された若いのが「一割」と言った。そうだろ、俺もそう思う。ん? 今度は別のが100円売上が下がるから利益も100円下がるだと? それもそうかもしれない。

まぁ~、どっちかが正解なんだろう。

インストラクターが正解を説明していった。正解はないのだという。
K氏は、「こういうのがセミナーのテクニックなんだよな~。とにかく質問させておいて、全部違うというのだよ」、とニヤニヤした。「それで、正解を言ってビックリさせるんだ!。よくある手口だ」。

ところがインストラクターが電卓を使って、単価と数量を様々に変えてシミュレーションをしたら、利益が下がるどころか、大赤字になる場合もあることが次々に示された。これに驚いたのがK氏だ。

なに! そんなに下がるのか。こりゃあ大変な事じゃないか!。
うちの会社にも安売り王がいるけど、あいつがやってるのは損を増やしていることなんじゃないか?。そういえば、あいつはいつもノルマ達成で部長賞をもらっていたが、これは間違っていたかもしれないぞ!。K氏にとっては新鮮な発見だった。

次に経営計画立案になった時には、もうK氏は目の色を変えはじめていた。MGには何か自分に役立つものがあるのかもしれないという気になっていた。しかし、MG初体験の疲れもあって、これ以上頑張れない気持ちもあった。


■交流会

7時には今日一日が全て終了した。インストラクターが、「今日はもう勉強しなくていいです」と言ってくれた言葉にホッとした。これから、30分ほど交流会で飲むそうだ。酒を飲めると聞いて、一日の疲れが吹き飛ぶ思いがした。乾杯。

交流会を終えた後に二次会を希望者でやるそうだ。先ほど一緒だった好男子が、「Kさん、一緒に二次会に行きましょう」と誘ってくれたので、今日のお礼も含めて行くことにした。

二次会に行くと、隣りに魚屋だと自己紹介していたTさんが座った。
向かいは仙台から来たというN社のピンクさんという女性だった。Tさんは一年前からMGをはじめたそうだが、とにかく分からなくても、何回も通っていれば分かるようになりますよと言う。笑顔がよくて正直そうなこの人が言うのだから、MGというのもいいものなのかも
しれない。仙台のピンクさんは、「私は、ずっと自費で来てるのよ」と言う。

え、自費で東京まで?。K氏には信じられないことだった。そこまで自分に投資することがあっただろうか?。せいぜい八重洲ブックセンターで1500円の本を決死の覚悟で買うのが関の山だったK氏は、ピンクさんの言葉で呆然としてしまった。

それからも、いろんな人達と話しをしてみると、どうやらみんな、マトモな人、いや、相当に優秀な人達であることが分かった。しかも、明るいのだ。これまで、K氏が体験したことのない世界だった。
 
ただ、横に転がってマグロのようになっている佐世保氏には困ったものだが、それを差し引いても、この人達は凄いと思った。
上野まで何人かと一緒に行き、明日の参加を約束して、K氏は松戸の先、北小金の自宅へと帰った。




■二日目

翌朝は、一日目より目覚めが良かった。というのも、MGを一日でも体験していたからだろう。今日は9時半集合とインストラクターが言ってたので、少し早めに家を出よう。奥さんも「あなた、頑張ってね!」と声をかけてくれた。

昨日と同じように松戸駅に出たK氏は、今日こそはあの喫茶店には入るまいと変な決心をしていたが、昨日の自分と少し違っている自分を感じて可笑しくなった。もうちょっと、ラフに生きてもいいのかもしないと思い始めていた。

会場に着くと、早くも電卓を叩いて計算をしている人がいる。
彼はたしか・・・学生風の、しかもJリーグのシャツを着ているが、たしか山陰地方から東京に来ているとかいうO君だった。

「なんで計算してるの?」と聞くと、10通りの経営計画を立てているのだそうだ。学生なのに経営計画を10通りも・・・K氏は不思議な生き物を見る想いがした。

今日は、第四期目だ。経営計画に基づいた経営をやるという。
K氏も練りに練った計画をつくっただけに、今日は何としても、自己資本のグラフを水面上に浮かび上がらせなければならない。岩盤あたりでうろついていたんでは部長に会わす顔がないと真剣だった。

いやいや、今朝、もう少しラフになろうと思ったばかりではないか、いやいや、やはりここは経営だ、真剣勝負だとK氏の心は、なかなか定まらない。

やがて、第四期が始まった。前半は23分だ。とにかく売上を伸ばさなければ。なんとしても売らなければと思うK氏の心に反して、入札では負けるばかり。しかたなく最安値の札を握ったがそれでも売れない。たまに売れても何故か現金がドンドン減っていくばかりだ
った。そして前半が終わった。

後半も目を覆うばかりのK氏の成績だった。結局、後半も終わった時には、K氏の売上はわずか250円しかいかなかった。経費が350円もかかり、大赤字。口惜しさで決算を終えてグラフを書いたK氏。

そのグラフは、今朝夢に描いた300超とは全く逆のカーブの岩盤を突き破ったものになった。もう、この場から帰ってしまいたいほどだった。頭の中は真っ白になってしまった。


■ゲーム終了

第五期もK氏のグラフは下降線を続けた。今回の初MGでは一回も利益を出すことができなかった。「こんな成績を部長に提出するのか」と思うと、ファイルブックもズッシリと重く感じてしまった。

そんなK氏に、魚屋のTさんが声をかけた。「Kさん、私も何回も岩盤を突き破ったけれど、MGには何かがあると思ったから、ずっと続けてきたんだ。あなたも続けてみませんか」と。

それでも素直になれないK氏。大学では経済学を専攻し、会社員となってはビジネス経験も豊富なK氏が、入社数年の若い者に簡単に負けてしまったのだ。自分の歴史を無にすることになってしまう。そんなことはできない。

やがて表彰、最終講義も終わり、感想文を書いた。K氏は感想文を書く気力も失せていたが、何かを書かなければと思い、「良い経験をさせてもらいました」と書いた。

MGの二日間が全て終わり解散となった。トボトボと大崎の駅に向かうK氏に声をかけたのが、これから地方に帰るという6人組だった。これから5.5期の交流会を東京駅でやるという。魚屋のTさんも参加するので、一緒に行こうと言ってくれた。

K氏は、なんとなく憂さ晴らしの気持ちもあったのかもしれないが、そのように声をかけてくれる人の優しさも感じて、一緒に東京駅地下にある中華料理の店に行くことにした。

そこでK氏は、6人から、最初にMGを受けた時のことや、何回やっても利益が出なかったこと。夜中まで決算をしたことなどを聞いて驚いた。あの口ヒゲのバンバン売りまくって賞状をもらった人も、最初は何回も悔しい想いをしたそうだ。みんな最初は苦労したんだという話を聞いて、K氏はホッとした。

「俺だけじゃなかったんだ。みんな最初からゲームや決算がうまくはなかったんだ」。

それにしても、こんなに親身になって自分につき合ってくれる仲間の思いを感じてジンときてしまった。

「もうちょっと、MGをやってみるか」。そう、つぶやいたK氏に、ジャカルタに単身赴任するというYさんが、「僕なんか、MGやりたくてもしばらくは海外やけん。Kさんのほうがうらやましいわ」と笑って話した。

「そうだ、もう一回参加してみよう」。K氏は心に強く誓った。


■報告

月曜日の朝。部長室に向かうK氏の姿があった。
MGの方向をしなければならない。
部長室のドアを叩く。
「コンコン」。

K氏の心は決まっていた。昨夜の交流会で決まっていた。
「部長、MGを我が社に導入しましょう。ついては、もう一度私をMGに行かせてください」と、答えるK氏がそこにいた。



■陽はまた昇る。(目が醒めたK氏)

翌月、K氏はまたMG会場へと向かった。もう腹は決まっていたから、MGから学ぶものは全て吸収しようとしていた。会場に着くなる、「こんにちは!」と自分から声をかけたら、インストラクターの女性が、「Kさん、変わったねー。顔が明るくなったわよ」と言ってビックリした顔をしていた。

K氏の二回目のMGは、第3期目に少しだけ利益が出た。それもわずか15円の利益だった。しかし、それはK氏にとっては、社会に出てからの、どの報酬よりも嬉しいものだった。先月一緒に参加した、みんなも一緒になって喜んでくれたのが何よりも嬉しかった。

二回目には、開発者の○先生とも初めて話しをした。そして、MGの素晴らしさと同時に、このように参加者どうしが良いのも、この先生の思想にあるのがよく分かった。


■そして新たな人生へ。

いまK氏は、○○商事の情報担当の立場にある。初のMG参加から、もう3年が経過していた。あれから、コンピュータ、通信も教えてもらい、社内ではK氏は重要な人材になっていた。

しかも、社内ではMGが社員教育の柱となって、毎年6回も社内MGを開催している。そして原点を忘れないよう、開発者の公開コースにも何人も送り込んでいる。K氏も年に4回は初心を忘れないよう、○先生のMGを受講していた。

会社も数年前から比べて、大きな利益が出て、人材もそろい、業界でも評判の企業になった。

しかし、K氏が決して忘れないのは最初のMGの時に、一緒にやろうよと言ってくれた、あの一言だった。

「あの一言があったから、私はここまでやってこれたんです」。
そういうK氏は、MGをやって、つまらなそうにしている人や、落ち込んでいる人をみると、仲間がやってくれたように声をかけるのが彼らに対する恩返しでもあると思った。 (終)

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