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■卒業アルバム

                                                                       2001.0807


■日本の少子化問題
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 21世紀になって、ますます少子化が進んでいる。このままいくと2050年には
現在の1.25億人が1億人へ。そして15歳以下が1987万人(1995年現在)
が、1316万人へと670万人も減ってしまう。

 人口の推移は、非常に重要かつ事実データであるだけに、今後日本国内で子供
の数が増えるには、産めよ増やせよと結婚と出産を奨励する政策をとるか、高齢
出産は無税とするか、海外からの子供達をドンドン受け入れるか・・このうちの
いずれかの策をとらないかぎり、少子化は進むのである。

 そして少子化は日本特有の問題ではなくて、先進国に共通の問題であって、い
ま出生率が爆発的に上がっている国は死亡率も高い途上国であり、世界人口の上
昇は、それらの国の人口増加が押し上げていることになる。

 よって日本独自の問題でもなければ、それを嘆く必要もない。もし少子化を押
しとどめるどころか、増やしたいのであれば、戦争をして国民の大半が死ねば、
第二次大戦後のように民族保存の意識が働いて、一斉に出産数があがるだろう。
 それが戦後のベビーブームの姿でもあった。しかし、もうあのような戦争で多
くの犠牲を出すことは悪いことだと誰もが理解したので、局地戦はやったとして
も民族を全て滅ぼすような戦いはしない。

■卒業アルバム業界
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 どこの業界でもそうだと思うが、バブル以前は赤字になると販売単価を上げれ
ば何とかなるという考えがあった。諸物価高騰の折り・・というご案内が届いて
価格上昇を許し合っていた時期がこれだ。ところがバブル崩壊後、そう簡単に赤
字を販売単価に転嫁することができなくなった。こうなると、地域をある程度は
区切って、競合会社も一線をひいていたのが、その線を越えて進出してくるよう
になった。いまでは、これが全国規模になったものだから弱小企業から先に食わ
れて廃業を余儀なくされている。しかも食ったほうも販売単価を落としすぎて、
今度はちょっと値上げをといってもそうそうできなくて苦しんでいる。

 こうなると、各企業のリーダーは何といって指導しているのだろう。じつは相
変わらず、そう、オイルショックの時と同様に、「何とか売上をあげろ!!」、こ
れしか言ってはいないのである。相変わらず声高に叫ぶだけで、203高地の戦
いのように、なんの遮蔽物もない大地をかけあがって撃たれて、死ぬような戦い
を繰り返しているのである。

 さて、そういった戦いを繰り返している「卒業アルバム業界」だが、業界とし
ての歴史は100年以上になろうとしている。

 業界最大手であるD社は、つい先頃あまりの少子化に、ついに50部以下の学
校のアルバムは製作しないと宣言したとか。つまり高校とか大学のような、ある
程度の販売数量の見込めるところしかやらないというわけである。しかし、これ
は愚かなことで、少子化の波はいずれ大学にも押し寄せることは分かっているの
であるから、数の多いところにシフトしてもいずれはそこも数は減少していくの
は明らかなのだ。つまり例のヤオハンが海外戦略として香港に店を出したが、海
外に行けば日本のヨーカ堂なんかよりずっと強い企業がワンサカいるわけで、あ
れは戦略ではなくて、日本でかなわないから海外に逃げただけの話だ。
 そういう、どうでもいいようなことを「戦略、戦略」といってるのが業界一位
の会社だというのだが、、、だいたいどこの業界もそんなものかもしれない。

                 ◆

 そうこうしていても少子化は確実に進む。アルバム業界でも深刻な問題となっ
ているが、果たしてそれは真実なのだろうか?。私は、MGをやり、MBAもや
ってマーケティングを教える立場の人間だから、そうおいそれと少子化だから売
上もあがらないんですよという意見に屈するわけにはいかない。普通の戦術マン
ならば、もしくは給料明細を見ることを無上の喜びとしている者ならば屈しても
いいのだろうが、私にはそれはできない。
 この難局を乗り越えていかなければならない。そういう使命のようなものが私
達にはあるのかもしれない。役立ちとか、人助けというのは、こういうレベルで
やらないと本当ではないだろうという想いが私の中にはある。

 さて、「すべての子供に卒業アルバムを!」というスローガンがある。美しい
言葉である。しかし本当だろうか?。ここから疑ってかからなければならない。
美しさに惑わされて、美しさを疑わないと裏側にある真実が見えないことがある。

 私の妻の兄が養護学校の教員になった。ある日一緒に飲んでいて、ふと「そう
いえば養護学校のアルバムはどんなふうになってるんですか?」と聞くと、フエ
ル・アルバムのようなものだという。職員が運動会や文化祭、遠足の写真を撮っ
て、それを人数分焼き増ししてアルバムに貼って渡しているのだそうだ。
 それを聞いて、もしかしたら養護学校だけでなく、聾学校、盲学校などの特殊
学校も同じであるかもしれないと思ってきくと、そのとおりだという。

 つまり、これらの学校の生徒には印刷された卒業アルバムは届いていなかった
わけだ。「すべての子供にアルバムを」という美しいスローガンが、もろくも崩
れ去ったのがこの時である。つまり我々のいう「すべての子供」とは健常者が対
象だったわけである。マーケットの全体は見ていなかったというのが正しい。

 目が見えない子供に印刷された卒業アルバムは必要なのだろうか?。答えはイ
エスである。理由は「親は目が見えるから」。点字のついたアルバムをつくれば
いい。そうすれば子供は点字で追うし、親は目で見て会話ができる。そういった
コミニュケーションとして卒業アルバムが機能してもいいのだ。

                 ◆

 また、ある日テレビをみていたら、ちょうど「学校へ行こう」という番組をや
っていた。暴走族あがりのような者が懸命にレースに出るためにオートバイを乗
りこなそうとしていた。そのとき、ふと思ったのは、「この子達も、卒業アルバ
ムはもらったのだろうか?」ということだった。卒業アルバムでは、卒業年度に
喧嘩をしたとか、暴走したとかで顔写真をはずされる子供がいる。集合写真など
でも撮り直しになったなどという話も聞いたりする。

 このように卒業できなかったり、退学にあう子供は案外多いようだ。そうであ
るならば、「学校へ行こう」という番組に企画を持っていって、「落ちこぼれア
ルバム」を作ったらどうなのだろうか?。全国のアルバムに載らなかった人から
写真を集めて印刷して、書店で堂々と売ったらいい。変なビニ本も売ってるくら
いだから、落ちこぼれを集めた写真集があってもいいではないか、というのが私
の考えだ。

 これも先のように「全ての子供にアルバムを」という言葉にはなかった点であ
る。つまり、ここでいう全ての子供とは品行方正という意味だったのである。

                 ◆

 ここから後のことは、卒業アルバム業界の人間が考えればいいことである。
 流通、価格、製造、回収等々、、全てを考慮にいれて「仕組み」をつくれば儲
かることは、私はもう分かっている。大事なのは、業界の人間が自分の頭を使い、
悩んでも、とにかく自力でこの問題を解いていくことだ。
 それしか本当の解決の方法はない。それしか次代のためになるものはない。

 さて、冒頭の「少子化」の問題に戻ろう。つまり少子化は事実である。そして
これを乗り切るのが大変なことも分かる。しかし、それを乗り越えてこそ私達が
存在するのであって、そこから逃げるのは間違っているということを言いたかっ
たわけだ。そして、これは何も少子化の問題だけではなくて、私達の身の回りで
起こる全ての「問題」というものに対しての共通の心構えであると思う。


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