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■短編「21世紀の某日」

■目覚め

 2010年○月×日早朝。

 コンピュータ会社に勤めているF氏の目覚めは早い。

今朝も5時を少し回った頃だ。

 目覚めたF氏がやることは家の全てをコントロールする

メインコンピュータの目を覚ます事だった。

 

 この時代のコンピュータは、夜中の電力消費量を下げる

為に少し寝坊になっていたのだ。

 「もう、いい加減に目を覚ませよ」とF氏はニヤリと笑って

つぶやく。

 

 コンピュータのスイッチがあったのは20世紀までで、

いまでは音声でコンピュータのスイッチが自動的に入る。

軽い羽音のような音がした。

 

「そういえばまだ2010年だから、仕方がないか。」

 画面を見ると、会社の秘書から新着メールが届いている。

 緊急でないことは夜中に着メロが鳴らないことで分かって

いたが、内容を見るとF氏の担当顧客のところでコンピュータ

トラブルが発生しているとのこと。

修理の依頼だった。

 

「これくらいなら、朝飯前にできそうだな。

MBIのメインコンピュータのプログラム解析か・・。」

 早速、F氏はコンピュータに向かってキーを叩く。

 画面にはクライアントのコンピュータと全く同じ画面が

出てきた。遠隔操作だ。

 いくつかのファイルを点検するうちにF氏は数分でバグを

発見。クライアントが出社する前に全ての問題解決を終えた。

 

 ついでに相手のコンピュータに、「無事解決しました。

今回も無料(F)。」とメモを貼っておくことも忘れはしない。

もう、この程度の事でいちいち訪問したり、料金を請求する事は

なくなってしまった。

 

 「そういえば、20世紀には、こんなことをCSとかいって

騒いでいたもんだ。」と懐かしく思った。

 

■出勤

 

 朝食をすませると、F氏は駐車場へと降りていった。

会社に行くのは健康の為で、今でも多くの社員が健康と

ストレス解消のために週に何回かは会社に行くのだった。

 

 車に近づくと、「おはようございますF様。今日も天気が

いいようですよ」とコンピュータが明るい声をかけてくれる。

 

 エンジンはすでにかかり、適度な温度に調整された室内は

気持ちがいい。

 ナビゲーターが「今日はどちらにまいりましょうか。」

と話しかけてくる。

 

 「そうだな。今日は二、三軒の顧客のところを回ってから

会社に行くか」と答えると、液晶画面に最近顔を出していない

顧客の顔写真が6枚ほど出てきた。

 

 2010年になると、F氏の行動や顧客とのやりとりは全て

コンピュータのデータベースに入っていて、訪問回数や

コミニュケーション最適解をコンピュータが自動計算する

のだ。

 

 そのため、顧客が来て欲しいと思う前に訪問できるように

なった。ずいぶん楽になったものだ。

 

 「じゃあ、今日はこの顧客と、ここに寄ることにしよう。

ところで10時には会社に到着できるよう、最適ルートと

滞在時間を出してくれ」というと、「かしこまりました。

A社では15分。B社は先日の見積もりの件があるの

20分はかかるかもしれませんが、大丈夫でしょう」

とコンピュータが答える。

 

 あとはオートクルージングに任せておけば、新聞を

読もうが、携帯電話をかけようがF氏は何もする必要

がない。

 

最初の顧客のポイントに近づくと、画が点滅して、

ここ数ヶ月間の顧客とのやりとりが表示される。

 

 「なるほど、ここ数ヶ月はこんな状況だったのか。

なになに? 社長の趣味はテニス?。奥さんは水泳が

趣味。孫のことを話すと良い、、か?・・」。

 すっかり状況がのみこめたF氏は、受付に向かう。

 

 15分ちょうどで商談を終えたF氏が次に向かったのは

B社だった。A社を出た途端、F氏の頭は全てを忘れて

しまっている。

 

 というのもA社とのやりとりは全てコンピュータの

データベースに記録済みで、もう頭の中に入れておく

必要はない。

 次回訪問時にまた液晶画面で確認すればいい。

 

 B社でも同じように過去の情報を全て頭にインプット

して、ここでも20分キッカリ終了。

見積もりの件はOKをもらった。

 

 「さて、会社に向かうか」と思ったが、ついでにこの

あたりの状況も今後のためにみておきたい。そう思った

F氏は、「このあたりの状況はどうなっているのか見せて

くれ」とナビゲータに命令すると、半径10kmの顧客情報

表示された。

 自社は赤丸、競合する会社は青丸だ。

 

 「よく分からないから、ここ半年間の動きをアニメーションで

見せてくれないか?」というと、ここ半年間の赤丸と青丸が

生き物のように動きはじめた。

 

 「なるほど、競合他社の動きも活発だな!。じゃあ売上でも

見たいから3Dにして、棒グラフに、、

いや、回帰分析にしてくれ・・」。

 

 F氏は会社に着く前に、彼の担当地域のマーケティング

分析をほぼ終えた。その操作手順や彼の言葉は、全て会社の

メインコンピュータに転送され、彼の思考内容、思考手順も

全て記憶された。

 

人間は、たまにはいいことも言うんだが、後になって想い

出そうとしても想い出せないことがある。

ボイスメモも一時は流行ったけど、やはり構えてしまうので、

いまではコンピュータとのコミニュケーションそのものを

記憶しておく最先端のシステムが各社に導入されている。

 

 例えばF氏の思考はいつも悪い方へと考える傾向がある。

全てを記憶したコンピュータの設定を「明るく、前向きで、

戦略思考の・・・・」とすればコンピュータの問いかけが

変わるようになっている。

 

 これは20世紀の経営学者ドラッカーが提唱した、

「問いかけで全てが変わる」という理論にもとづいて、

N研究所が開発した最先端の人口知能システムだ。

 

 おかげでF氏の言動は、ここ数ヶ月で改良されてきた。

しかし、まるで20世紀にあった矢崎のタコメータのように

全てがコンピュータに記憶されてしまうために、便利な反面

やっかいなこともあった。

 女性への口説き文句まで変わってしまう。

 

 つい最近も熊本のクラブへ二日間も通ってケーキまで

持っていってしまった。「こんなことは一年前の俺からは

想像もできないことだ。」

 

                ◆

 

 会社で彼を待っていたのは、やはり健康とストレスを

ためないために出社してお茶を飲んでいる部下達だった。

「ところで、最近はどう?。」と、声をかけるあたりは、

20世紀も21世紀もあまり変わらない。

 

 やはりたまには会って、話をするという「直接的な

コミニュケーション」もいいもんだとF氏は思う。

 

 TV会議もいいんだけど、画像合成で転送して、

いつも二十歳の頃の顔写真でニコニコ顔しか見せない

奴もいる。叱られているのに画像合成でニコニコしてる

のは気持ちが悪いものだ。

 実際に会ってみたら、案外頭も薄くなってるじゃないか。

 

 彼らと昼食をとって、また週末に会う約束をしたF氏は、

図書館に向かった。

 

 いま図書館は流行なのだ。全てがコンピュータになった

反動なのか図書館で静かに本を読むノスタルジーに浸る

ことが、上流階級。知的な人のイメージなのか。

 流行に敏感なF氏も図書館に向かう。

 

 図書館は、流行を追う人でごった返していた。

 「また、今日も満員か!。」と思って隣りのゲームセンターを

眺めると、20世紀には若者がたむろしていたゲームセンターは

全くのゴーストタウン。

 誰もいなかった。もう、ゲームに驚喜乱舞する時代も

終わってしまった。

 

 いまは図書館がブーム。しかし図書館に入れるのは、

わずか50人だけだから、あぶれた人は入口に長蛇の列を

つくる。

 

 ここで騒ぎを起こせば、二度と「夢の図書館」には入れない

のだから、実に静かに並んでいる。

 静かに並ぶことが、ひとつのステータスでもあるわけだ。

 

■ 翌日


 

 今日は、昨夜の仕事の売上をあげなければならない。

20世紀後半では売上伝票をきっていたが、21世紀になると

コンピュータに売上を入力すると、そのデータはすぐに顧客の

パソコンに吸い込まれてしまう。

 

 もちろん受け取るほうも暗証番号、仕事の内容などを

事前にチェックしてあるから偽の売上データは受け取らない。

 

 F氏の給料は会社があげた売上データが送られてくる。

 回収に問題がない企業のデータが基本だが、ときどき

得意先倒産が出ることがある。

 

 その時には別の会社の売上データが再送信される

仕組みになっている。回収のタイミングについては、

いつでもいいし、F氏の電気代の支払いとしてMTTに

回してもいい。

 

 こうして、21世紀になると「紙幣」なるものも、あまり

使い道がなくなってしまった。ようは、データに「+」と書いて

あるか、「ー」と書いてあるかだけになった。

 買い物をするのも受け取った「売上データ」である。

 

 こうして世界中に各社の「売上データ」が飛び交い、

やがて訳が分からなくなりそうなものだが、それをまた

キチンと管理するソフトと会社が出現して株券データまで

世界中をグルグル回るようになった。

 

 ところが、この株券はいつ値上がりするか、値下がりするか

分からないので、闇のネットワークと称して、下水管の

ファイバーでしか取り扱わないものだった。

 F氏は博打が下手なので、こういった危ない橋は渡らない。

 

■ 夜のパーティ

 

 年末も押し迫った30日。F氏が一番困るのは、この年末だ。

 みんな年末年始は急がしくて、誰も遊んでくれる人がいない。


 

 仕方がないので、長年の友人である漫画家に連絡をとること

にした。彼も仕事がないのか、暇だという。相談した結果、

韓国にいくことにした。

 

 韓国の旧正月は一月二十四日なので、この前後は活気に

あふれているという。早速、韓国行きの切符を手配して

大韓航空で韓国に向かった。

 

 韓国は20世紀はインターネットで日本に追いつき、追い越せ

ったのが、いまでは情報大国になっていた。

 

 日本を出発して二時間。韓国の金浦空港まではまるで

国内線をいくように近い。空港につくとキムチの匂いがする。

久しぶりに韓国を堪能しよう。F氏はそういってソウルの街

へと向かっていった。

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